田中 淳
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supermoon  

2012.5.6     スーパームーン

東京ホタルと銘打ったイベントが言問橋から吾妻橋の間で開催されると聞いて、有楽町へ出かけた帰り、少し遠回りをして立ち寄ることに。蛍に見立てた10万個のLEDランプを隅田川に流すと言う企画で、果たしてどのような景色になるのかと期待しながら、混雑が予想される浅草を避けて本所吾妻橋駅へ。しかし、ミニライブやビアガーデンの設営もあってか、隅田川沿いの道はどこも人ひとヒト・・・。雑踏に揉まれながら、墨田区役所前から言問橋の中程まで歩いた所で、逆行してくる人の波に押されてあえなくギブアップ。
確かに、無数のブルーの光玉が川を流れて行く様は、灯籠流しの風情とは別の異次元の光景には違いなかったが、夢中でシャッターを切るという所までは至らなかった。とにかく、縦横無尽に走り回る屋形船がとても邪魔!!・・という印象。
とぼとぼと言問通りをスカイツリーに向かって歩く途中、真正面のスカイツリーの足下に、巨大な月が煌々と・・・。そうだ、今日はスーパームーンだ!!! 14%大きくて30%明るいというスーパームーン。肉眼ではとてつもなく大きく明るく感じるのだけれど、ファインダーを覗くとぐっと小さくなってしまう。もう少し高く上がって欲しいなぁ・・と思いつつ、待ち切れず道路の真ん中まで出てカシャリ。
スカイツリーの「粋」をテーマにしたブルーのイルミネーションに浮かび上がる、しなやかな曲線に感動しきり。でも、なんとなくしっくり来なかったホタルの光は残念だったな・・・。

 春の月櫓(やぐら)格子の向こうより

     
ツン  

2012.04.04     西郷隆盛の犬

上野公園に建てられた西郷隆盛像。初めて拝謁したのは今から40年も前の事になるだろうか。その後も、動物園や花見に出かけた折に何度かお目に掛かってはいるのだが・・・。これまでの印象は、維新の立役者なのに、どうして浴衣姿で犬の散歩なんか・・しかも彰義隊の本陣で・・とか、ちょっと頭が大きすぎるんじゃないの!!とか、ぐらいだったろうか。特に連れている犬君については、具体的に思い出せないでいた。
調べて見ると彼が可愛がっていた犬は、狩りが得意な雌の薩摩犬だったらしい。名前はツン。像は散歩ではなく、着流しの帯に罠を挟んで、これから兎狩りに出かけるところとのこと。正直ぼくは柴犬だとばかり思っていた。確かに像を良く見ると体高があり、尾は長く真直ぐで柴犬より精悍な印象だ。西郷隆盛の没後20年以上が過ぎて、朝敵の汚名が返上された後、薩摩出身の有志を中心に寄付金を募って建てられたとのこと。西郷像は高村光雲作とのことだが、ツン像の作者は後藤貞行という皇居前の楠木正成像の馬を制作した動物彫像の名手らしい。像が作製された時、既にツンは亡く、代わりに雄の薩摩犬をモデルにしたとのことで、残念ながらこの像からは西郷さんの愛したツンを思い起こす事は難しい様だ。
花見酒ついでに立ち寄った上野公園。今にもワンと吠えそうな薩摩犬の勇姿をカシャリ。
毛並みや筋肉の表現がリアルで、デフォルメされた西郷像とはちょっとミスマッチかな・・・。

 春知らず緑青のツンうさぎ狩り

     
ベビーリーフの花  

2012.03.27     ベビーリーフの菜の花

寒い日が続いた関東地方もようやく春らしい気温になり、来週には桜の開花も聞こえてきそうだ。我が家のベランダにも菜の花が咲き始め、黄色い花びらを風に揺らしている。未曾有の大震災から早一年。何かをしても、何もしなくても、時間だけは容赦なく過ぎて行く事を、身に滲みて感じさせられた一年だった。それにしても、いつからここまでノンポリの日本になってしまったのだろうか。少数を切り捨てられない民主主義は、美しいが結論が出ない。これが明治の黎明期ではない成熟した国家ということなのか。確かに完全な公平性は難題だが、私を捨てても義の為に公平たらんとする精神は、本来の日本人が持つ志の形ではなかっただろうか。
幼葉を収穫するベビーリーフは、いろいろな種類のハーブや野菜の種がバランスよくミックスされていて、彩り豊かで癖のないやわらかな食感が楽しめる。そのままサンドイッチやサラダにしたり、さまざまな料理のつけ合せにも使えて重宝する。オリエンタルミックスには、チンゲンサイやコマツナといったアブラナ科の葉野菜が入っていて、ベビーリーフをカットした後に残した葉は、硬くなってちょっと生では食べられないオヤジ?リーフになってしまうのだが、そのまま育て続けると、薹が伸びて花をつけてくれる。
ほとんど観葉植物となってしまった菜の花に春を感じながらカシャリ。
チョウチョウが来るにはまだ少し早いかな・・。

 菜の花や時は過ぎ行くままのまま

     
The missing piece  

2012.02.18     The missing piece

翻訳家の鴻巣(こうのす)友季子さんが、母校の小学校を訪ねて、子供達と一緒に世界的なベストセラー『The missing piece』を翻訳してみる・・・という番組がNHK-Gで放送された。辞書をひくのも初めてという子供達だが、物語の主人公「it」の気持ちを想像しながら、次々と心の言葉を紡ぎ出していくという構成だ。子供達が、and It set the piece down gentry,and slowly away・・・のシーンを「さよならピース」と訳した時は、日本語が自然に持っている文学力の様なものを、子供達の素直な表現の中に感じて胸が熱くなった。
日本でも訳本が発売されている絵本で、邦題は「ぼくを探しに」だ。訳者の倉橋由美子さんは、itが女性でPieceが男性では・・と、あとがきに書いているけれど、はたしてどうだろうか・・・。
この物語の最後で誰もが気になる「じゃあ、捨てられたPieceはその後どうしたの・・。」と思う疑問は、Pieceが主人公になった続編の「Meets the BIG O」で解決される事になっている。しかし、そもそも完全なOって居るんだろうか。自分は完全なOだと思っても、どこかがパックリと割れていて、その割目を埋める何かを知らず知らず探し続けているんじゃなかろうか・・・。角をそぎ落として丸くなって、自立を糧に欠落の無いOを装った人生というのは、ぼくには耐えられそうも無い。
十数年前の本が書棚の奥に眠っているのを思い出して、虫干しがてら、カシャリ。
早速、「it」は葉っぱの影にパクリ!!

 浅春の窓辺にゆかし絵本かな

     
鏡餅  

2012.01.01     鏡餅

毎年暮れの30日に餅をつく!! というのが我家の「しきたり」の様になっている。どうして餅が無いと年が越せないのか・・・というのはよく解らないが、もし元旦に雑煮がないと、一年が始まらないという気分になってしまうのは確かなところだ。我家の餅は普通の白い餅以外に、餅米に粳(うるち)米を二割程混ぜ、青のりと塩を入れた餅を搗く。青のりは四国三郎吉野川の川海苔をはるばる取り寄せる。でないと、青のりの繊維が無くなって、単なる緑色の餅になってしまうのだ。筋状の青のりと餅にならない粳米がホツホツしていて、あまり粘り気の無い食感の餅になる・・・とまあ要するに、幼い時からの経験に拘っているだけなのだが、この拘りが「しきたり」へと変貌する。
白い餅が最初に搗き上がった時に、鏡餅を取るというのも「しきたり」だ。鏡餅の形も地域や家によってまちまちで、これでなければ成らないという掟はないと思うが、我家では、二段の大小の餅に葉付きの橙を乗せ、ユズリ葉と裏白を添える。本当は、橙の下に干柿(10個の干柿を2個、6個、2個に分けて竹串に付けたもので、「夫婦仲むつまじく」の意)を供えたい所だが、船橋周辺では売られていないので、これまた取り寄せるしかない・・・。残念ながら干柿は手に入らなかったが、今年もまあまあの出来ということで、松の小枝を添えてカシャリ。
裏白が早くも乾燥で丸まってしまって・・・。
何だか人の顔みたい。

 代々にゆずりおきたや鏡餅

     
皆既月食  

2011.12.10     皆既月食

日本中で観察出来るのは2000年の夏以来と言う皆既月食。なんとか写真にと駐車場まで出て見ると、同じマンションの人が大きな反射望遠鏡と日周運動を自動でキャンセルするコンピューター制御の三脚にカメラ二台を設置して、既に完全防寒の出立ちでスタンバイ。一際明るい満月が欠け始めたのは10時少し前・・・「凄い装備ですね!」と感心しながら、隣で写し始めたのだけれど、ピントが合っているのかいないのか全然判らない。ライブビューで見ても今ひとつ・・・。おまけに想像以上の早さで東から西へ流れて行く月と、極端に変わる輝度。感度や露出をあれこれいじっている内、あっという間に皆既直前に・・・。
機材や技術不足も勿論だけど、このにわか天文ファンは、さぞかしお調子者に見えてしまった事だろう・・。なんだか写しているのが申し訳ない様な気分に成りながら、それでもカシャリ。
天頂ばかり見続けて頸椎ヘルニアに成りそうだ。

 着膨れし吾が影伸びて赤い月

     
野うさぎの走り  

2011.11.29     米焼酎

50代最後の誕生日。来年で暦が元に還ると言う事は、この一年が人生のワンクールの締めくくりと言う事に成るのだろうか・・・。なんか、名実共にジイサンの仲間入りに成る様で、来年の誕生日はあまり来て欲しくないけれど、とにかく、この一年を大事にしなければ・・そんな想いが強くなる。
日頃は芋焼酎が好きで、ほぼ毎日の様に芋の香りを楽しんでいる。飲み方は熱燗。なぜだか、一般的なお湯割というのは、あまり美味しくない様に思う。25度の焼酎なら、ほぼ半々に水で割って、日本酒より少し軽い度数に成ったものを熱燗にする。時間がある時は、銚釐(ちろり-関西ではタンポって言ってたけど)に入れて湯煎で熱燗に。するとお湯に注いだだけとは別物の風味に変わってくれる。銚釐は気分的には銅製に錫(スズ)引きが良いけれど、アルミやステンレス製でも十分。時間がない時は、徳利のまんま「チン」でも良い。電磁波が適度に分子をかくはんしてくれるのか、結構まろやかな仕上がりに・・・。
今日は誕生日と言う事で、日頃親しくしている方から頂いた米焼酎。アルコール度数は42度。説明書によれば、「草むらから森の中に駆け抜けて行く野生のうさぎのようにピュアでクリアな酔い心地」とのこと。お勧めの飲み方に書かれた通り、クラッシュアイスのオンザロックで最初の一杯を・・で、その前にカシャリ。
キンキンの冷たさでこのコクと風味。恐るべし「野うさぎの走り」!! 明日は熱燗にしてみるかな・・・。

 またごくり不思議の国へ暮れの秋

     
温州蜜柑  

2011.11.22      温州蜜柑

みかんと言えば、紀州は有田、九州だと河内、四国では愛媛あたりが有名どころだろうか。そうそう、静岡も忘れちゃいけないな。手で剥いて簡単に口に放り込む・・・、日本の冬の茶の間には無くては成らない果物だ。いろいろな品種が有る様だが、この時期に収穫されるのは概ね早生品種とのこと。早生とは言っても、今や年末の需要から見れば、むしろメインの収穫期になっている様だ。旧暦の頃は普通品種のミカンで正月需要に間に合っていたのだが、新暦になってからは、収穫を前倒しせざるを得ないというところだろう。
籠に盛られたミカンを選ぶ時、触った時に柔らかいものを選ぶ・・というのが一般的で、皮が硬く張りのあるものは、経験的に避ける人が多い様に思う。加えてぼくの場合は、表面が乾燥していて、中の房の形が判る程、果皮が薄いものを出来るだけ選ぶ。 市場では扁平でツヤのあるものが良いみかんらしいけど・・・。
毎年の様に徳島から送って貰うみかんは、勝浦町山間の生産者で運営する販売店で売られているものだ。今年届いたものは、小振りで果皮がザラザラに傷ついていて、街中の店頭には並ばないものらしい。しかし、剥き辛いほどの薄い皮を丁寧に剥くと、指先から広がる甘い香り、柔らかい房と味の濃さは、どんなブランドみかんより美味いと思うのだが・・・。
剥きかけの薄い皮の断面をカシャリ。
「ほれにふぃても、あふぁ〜い。」

 まるまるを一気頬張る蜜柑かな

     
小岩井牧場 サイロ  

2011.11.3     小岩井牧場

岩手雫石にある小岩井牧場を前回訪れたのは、今から10年以上も前の2000年の夏。その年の春に亡くしたハスキー犬ウラルの納骨に盛岡を訪れた時、立ち寄ったのが最後になっていた。ウラルは盛岡生まれで、母犬の眠る同じ墓に埋葬してもらう事ができたのだ。小岩井牧場はその時が二度目の訪問だったが、始めて覗いた牛舎で、その大きさに腰を抜かす程驚いたのがホルスタイン種牛だった。しかし、残念ながらカメラを持参しておらず、その驚きを持ち帰る事ができなかった。今回は何としても持ち帰りたいと広角のレンズを携えて、勢い込んで乗り込んだのだが・・・。なんとなんと、牛舎は立ち入り禁止。またしても、あの巨大な種牛をカメラに収める事は叶わなかった。当時は、口蹄疫等の伝染病は問題になっておらず、本当に近くまで寄って、触る様にその頭蓋の大きさを体感できたのだが・・・。今日は立入り禁止の看板より、牛舎に近付くことはできなかった。 ただ、入場を許されるエリアを散策するうち、以前歩いた時の記憶を懐かしく辿る事はできた。
幾つも建つサイロの中、かなりの年代物だけれどあちこち修理され、現在でも使用されている気配のサイロと秋の空をせっかくの広角でカシャリ。
昨今は、牧草を2〜3m程の大きさのロールに巻いてラップした保管方法に変わって来ているらしいが、いつまでも残して欲しい景観の一つだ。
それにしても、もう一度あの種牛に会いたかったなぁ・・・。

 天高しサイロの屋根に雲一つ

     
庭園美術館 香水塔  

2011.10.21     東京都庭園美術館

港区白金台にある東京都庭園美術館は、昭和初期に朝香宮邸として建てられた洋館で、戦後直ぐに吉田茂の公邸になった事で良く知られる様になった。来月から改修工事の為に3年もの間休館になると聞いて、時折ぱらつく小雨の中、駆け込む様に訪れた。
戦前の宮内省管轄で建築されたとのことだが、内外装ともアール・デコ様式でまとめられ、お役所仕事とは思えない緻密な建築物に仕上がっている。タイルやガラスの模様、窓の取手や通風口の蓋に至るまで、きめ細かなデザインで構成されていて、アール・デコ様式成熟期の完成度と、当時の皇族の隆盛を同時に感じ取る事が出来る。日仏合作とのことで、フランスから招聘されたインテリアデザイナーのアンリ・ラパンや彫刻家のレオン・ブランショ、ガラス工芸家のルネ・ラリックなどが紹介されていた。
玄関を入って直ぐの間に置かれた大きな花瓶の様な器。アンリ・ラパンの作品で、元々は噴水塔だったらしいのだが、中にランプが仕込まれ、その熱で水に浮かべたエッセンシャルオイルから建物中に香りが立ちこめる仕掛けだとか。来賓へのサプライズとしてみても、ちょっと大げさ過ぎる様な気もするが・・・でも、アール・デコのオブジェとしては素晴らしい・・・などと偉そうに思いながら、隣室の扉越しにカシャリ。
深さ1m程の白いカップは上から下までの大きな割れが修理されており、戦後辿ったであろう波瀾万丈を想像せずにはいられなかった。

 華しのぶ香水塔や秋の雨

     
ブラムリーアップル  

2011.9.22     ブラムリーアップル

台風の通過と共に一気に秋めいた空気に包まれた。湿度も20%台と清々しいを通り越して肌寒いくらい。朝晩はちょっとまともな布団をかけていないと風邪を引いてしまいそうだ。ついこの前の敬老の日はエアコンのお世話になっていたのに・・・。極端と言えば極端。ただ、睡眠を一年で一番心地よく感じるのはこの季節かもしれないな・・・。
先週末、今年も小布施からブラムリーが届いた。早々にプリザーブを大量に作って冷蔵庫に。トーストに塗ったり、ヨーグルトのトッピングにとあれこれ重宝する。小麦粉から生地を作ると大変だけど、冷凍のパイ生地を使うとアップルパイにするのも簡単だ。とにもかくにも、採れたてのパンチの効いた酸味を大いに楽しませて貰った。
まだまだ残りのリンゴは10個以上。さてどんな風に料理しようかな・・・。パイにするのも良いけれど、シャーベットかジェラートもいいなぁ。ラム酒やプランデーに浸けて焼きリンゴなんていうのも試してみたい・・・。
夕方、ちょっと窮屈そうな籠の中のブラムリーをカシャリ。
明日はもう秋分の日・・・ほんと、暑さ寒さも彼岸までだなぁ・・・。

 青林檎暑き陽射しの恋しけれ

     
ブラックベリー  

2011.7.28     ブラックベリー

少し前なら、ブラックベリーと聞けば直ぐにニューヨークを闊歩するビジネスマンの必携アイテムだったスマートフォン・・・をイメージしただろうと思う。2003〜2004年頃、初期のモデルは黒い小豆の様なキーボードがぎっしりと並んでいて、ブラックベリーの様に見えたから、きっとそういうネーミングにしたんだろう・・・なんて勝手に思っていた。近年はタッチパネルが主流になって初期のデザインは大分消えつつあるけれど、まだまだつぶつぶフルキーボードのニーズは廃れていない様だ。ただ、ぼくの方はと言えば、最近ではそういう IT よりの発想はすっかり無くなって、ブラックベリーと聞けば、素直にピーターラビットに出て来る黒苺を、真っ先にイメージ出来る様になっている。
一枝の先に十数個の淡いピンクの花が咲いた後、最初は紅い実をつける。そして、徐々に熟れて大きくなるに連れ、オニキスの様な深みのある黒に変わって行く。オニキスは腕時計のリュウズに付ける飾り石(カボション)にも使われる黒メノウのことだけど、それに似た本当に石の様な質感だ。潰さない様に、そっとつまんで無理なく落ちるものから収穫しても、手で持ち続けていると潰してしまって紅い汁が痛々しい。出来るだけ重ねない様に、そっと皿に並べた漆黒の宝石をカシャリ。
今期3回目の収穫もやはり20個程度。後2回は収穫出来そうだ。

 木苺の黒き粒より摘みにけり

     
大谷焼 睡蓮鉢  

2011.6.15     睡蓮鉢

鳴門市大麻町大谷には、大谷焼で知られた大型の陶器を製造する窯元が点在している。元々は江戸末期に九州から伝えられた染付磁器を焼いていたらしいのだが、時代の変り目で廃窯となっていたところ、藍商人のプロデュースで藍染用の大きな瓶の製造に転業されたとのこと。以後、藍染が徳島県の一大産業として発展する中、藍甕(あいがめ)の需要と共に大谷焼も堅持されて来た様だ。現在でも寝轆轤(ねろくろ)と呼ばれる独特の轆轤を使って、人がすっぽりと入れる程の大きな藍甕や、酢や酒を仕込む壺、庭先に睡蓮を浮かべて楽しむ睡蓮鉢等、大型の陶器を中心に作られている。
我が家のベランダに置いてある古ぼけた睡蓮鉢も大谷焼で、実家の庭隅に打ち捨てられていたものを持ち帰ったものだ。しかし、何度挑戦しても、睡蓮を育てることは出来ないでいる。原因は日当りの不足だと思われるのだが、こればかりはなかなか手立てを思いつかない。睡蓮の花は午前中に開き、陽の上がる午後には萎んでしまう。花保ちは3〜4日というところだろうか。シャープな輪郭に、なんとも心惹かれる花である。
早朝、梅雨の真っ直中で降ったり止んだりの天候の中、徳島の実家の玄関先に並べられた大谷焼の睡蓮鉢に、蕾から始めて開いた薄桃色の花を見つけてカシャリ。
その向こうには黄色の花もスタンバイ。今年も色とりどりの睡蓮が花を咲かせそうだ。

 花浮くや睡蓮鉢の空白き

     
葱坊主  

2011.5.14     葱の花

ぼくの会社人生はけっして自慢できる結果には終わらなかったし、やって来た実績も残念ながら評価されたものは少なかった。なぜそうだったのかというのは、なかなか難しいが、あえて一言で言うとすれば、会社に理想を押し付けようとし過ぎた・・・と言う事だろうか。理想とは言ってもぼく個人のエゴという事ではなかったが、自分の描いた会社の向かうべき方向を、信じるあまり決めつけてしまっていたのかもしれない。方向性は出せても収益に遠く、タイミングを逸した独り相撲をとっていた様なものだったと、振り返って思うのだが、時既に遅し・・・である。しかし、この性分は退職後の今でも同じで、「変わらないねぇ!」と事有る毎に言われ続けている。
そんなことで、自分のかつての経験を聞いてもらえる様な事態が起ころうとは努々思っていなかったが、昨夜はぼくの話しを聞きたいという若い人達とのユメの様な飲み会に参加させてもらった。例によって調子良く舞い上がり、ぐいぐいといつもの倍以上のお酒を飲み干して、少し喉がイガイガする程しゃべりまくり・・・。
で、今朝は少々二日酔い。 最近は本当にお酒が抜けるのに時間がかかる様になってしまった。眠気眼でベランダに出ると葱の花が風に揺れている。畑で見るものよりは随分と小振りな、かわいい葱の花をカシャリ。
新芽じゃないけど、やっぱり萌黄(萌葱)色なんだなぁ。

 宿酔のあくびを笑う葱坊主

     
top東京タワー  

2011.5.8     六本木ヒルズから東京タワー

FM放送J-WAVEのスタジオは、六本木ヒルズ森タワーの33階にあった。待合いロビーの窓からは、真正面に東京タワーがガツンと見える。この距離と高さから東京タワーを見るのは始めてだ。左に東京プリンス、右にザ・プリンスパークタワー東京を従えて美しいラインを見せている。3.11の地震でアンテナの先端が曲がってしまって、送信に不具合が出ていたそうだが、4月の末には勇敢な作業者が命綱一つで登って修理したと聞いていた。しかし、良く見ると先端の曲がりまでは完全に直っていない様だ。この方向から見て左側に曲がっているのがはっきりと判る。とりあえずの機能修復は行われたが、曲がりの修復まではお預けということだろうか。地震直後よりは曲がり具合が少なくなった様にも見えるのだが・・・この角度が一番曲がりの大きい角度ではないのかもしれないし・・・。まさかとは思うが、この7月に停波するアナログTVの送信アンテナということで、そのままという事なのか・・・。最後の役目を曲がったまま終えるというのはなんとも痛ましい。
ガラス越しだが、どうしても写したい衝動に負けて、修学旅行生のごとく窓際に駆け寄ってカシャリ。
来年にはスカイツリーに主役の座を奪われてしまうのだろうけど、クラシカルなたたずまいをいつまでもキープして欲しいものだ。
何だかジオラマの東京タワーみたいだな・・・。
モスラは何処に・・・?

 高窓に東京タワー霞たり

     
fuji-1fuji-2  

2011.4.30     亀戸天神社 藤まつり

かつて第二精工舎の本社があった亀戸。今その場所は商業施設になっていて見る影も無いが、JR亀戸駅のホームに降り立つと、変わらぬ風景に通っていた日々を懐かしく思い出す。今日は、80年代から90年代前半の腕時計が一番元気だった頃を共に働いた人達との飲み会に、亀戸天神の藤まつり見物とセットで参加させて貰った。花は八分咲きと見頃にはやや早い感は有ったが、大勢の人で太鼓橋が渋滞するほど賑わっていた。それでも例年の半分くらいの人出だとか・・・。
藤の日本固有種としては、ノダフジとヤマフジの二種類が有るそうだ。亀戸天神に咲く藤はヤマフジとの事。花房の長さは40cmから50cm程度だろうか。藤はマメ科の植物で、一つの花をアップで見ると人の顔にも見える正しく豆の花。どんどん行ってしまうみんなと逸れない様に、なんとか薄紫の藤棚をカシャリ。
早くビールが飲みたいなぁ・・。

 一房に笑顔集むる藤の花

     
sumidakouen  

2011.4.7    隅田公園 桜

大きな被害を出した震災からもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。これが本当の津波なんだと言わんばかりに、防潮堤の遥か上を乗り越えて来る「海」の威力に、テレビを見ながら足がすくんだ。あれだけ津波の恐ろしさを伝承して来た三陸の人々を飲み込んで行った津波。先人の教訓を活かせなかった事に、悲しみよもり悔しさの方が先に立ってしまう。ましてや原発の安全基準がさざ波程度の津波しか想定していないというのは、なんとも情けない。建設コストと安全性。全ては経済効率のバランスで決められていると開き直るには、今回の福島原発はあまりにも犠牲が大きすぎた。冷却水の確保に海浜での運転はやむを得ないにしても、海抜30m以上に施設の設置を義務づける事ぐらいは出来たのではなかろうか。いや、50m超でも良いかもしれない。そうすれば、補助電源を波にさらわれる事も無かった筈だ。実際少しだけ海抜が高かった女川原発はぎりぎりで救われたのだから・・・。
今日は震災ニュースの合間に満開の隅田公園の桜の映像が流れた。なんとなく出かけるのがおっくうになっていた気分を振り払って、カメラを肩に出かけることに・・。震度6弱を軽々と耐え、一週間後の18日、最終到達点のムサシ(634m)になった東京スカイツリーをバックに、何事も無かった様に咲き誇る桜の枝をカシャリ。
何としても安定に原発を治め、くじけることなく日本の技術力を再構築してもらいたいな。

 今一度日本を見せよ櫻咲け

     
kameidoskytree  

2011.3.3     亀戸天神社 梅まつり

桃の節句というのに、男二人の飲み会を、亀戸にある昔なじみの居酒屋でやる事になった。せっかくだからと、少し早めに出かけて亀戸天神の梅まつりを覗いてみようと思ったのだが、ここ数日の寒戻りで空は低く垂れ込め、梅の花を愛でるには少々厳しい冷え込みだった。
3月1日、遂に600mを越え、補助ワイヤーを張らない自立した塔としては世界一となった東京スカイツリー。本日は604mとのことで、後30mで完成の高さという、いよいよ大詰め段階になってきた。 亀戸天神から業平橋までは直線でも1km以上は離れていると思うのだけれど、それにしても、これほど大きく見えるとは・・・。想像以上に、地域の景観には影響を与えている様だ。
見上げる梅林越しに存在感を示す世界一の塔をカシャリ。
藤の花が下がる頃には634mになって、やっぱり花よりも目立っているのかなぁ・・・。

 白梅を超えたる塔の高さかな

     
豌豆の花  

2011.2.18     豌豆の花

立春も過ぎ「暦の上ではもう春」という時節。太平洋側はこの頃に雪が降る事が多い様だが、昨夜からの雨は雪に変わるとこはなかった。ただ、台風並みの低気圧の通過で風がとても強かった。ベランダのパーゴラに絡んだスナップエンドウが、花を付け始めたところで、強い風に折れてしまうのではと心配したけれど、しなやかに耐え抜いて今朝は元気に白い花を揺らしている。
サヤごと食べられるという事で、重宝される品種だからか、スナックエンドウと表記される事も多い。でも、お役所的には、スナップエンドウで統一しているとの事。商品名の方が強くなってしまうのかも知れないが、野菜という人が作り出した植物の呼称は、地域性もあってなかなか特定しにくい様だ。普段「エンドウマメ」とよく声に出したり、文字に書いたりするけれど、エンドウマメを漢字で書くと「豌豆豆」となって豆がダブる。 もし、訓読みで「マルマメ」なんていう呼び名に成っていれば、空豆「ソラマメ」がそうである様に、エンドウ豆という表現が登場する事はなかったのではなかろうか。
秋蒔きの開花は四月頃とのことだが、房総半島の暖かさからか、ちょっと生き急いでる?・・と思わせる程、この一月二月を花を咲かせて乗り切ろうとする生命力には驚かされる。
時折思い出した様に吹き付ける強い風をもろともせず、上階へ届きそうな勢いで揺れる豌豆の花をたくましく思いながら、カシャリ。
やっぱり、もう春だなぁー。

 青空へ飛べや真白き花豌豆

     
cauliflower  

2011.1.16     千葉 初雪

大学入試センター試験の1月15日前後は雪が降る・・・というジンクスが、ここ何年も続いている様に思う。7,8年前の我が家でも長男を車に載せて大雪の中を試験会場まで走った事があった。今朝も早い時間から猛烈な雪で、相当に積りそうな勢い・・・。ところが、9時過ぎには雲が切れ、嘘の様に太陽が顔を出す程に。さぞかし受験生を抱える親御さん達も、ほっと胸を撫で下ろした事だろう。
最初の内、あまりに強く降っていたので、ベランダの避難出来るプランターは慌てて室内に入れたのだけれど、動かせないものはそのまま雪を冠る事になってしまった。悲しいかな、我が家のベランダ野菜達の多くは、取材や写真撮影の日程に合わせて、本来収穫されるべきタイミングでは殆ど収穫出来ない事が多い。ベランダ菜園での野菜育成をある程度仕事として請け負っている以上、仕方がない事かも知れないが、薹(トウ)が立って硬くなってしまった、野菜達を見る度に心が・・・いや腹が痛む。
今日の雪で、うっすらと雪を冠ったカリフラワー。一昨日に撮影も終わり、ようやくお役御免になったばかり。少々開き直り気味に成ってしまった頂花蕾が、早く嫁に出して欲しいと訴えている様だ。
飛び交う雪にレミオ・ロメンの「粉雪」を口ずさみながら、よく頑張ったなぁとカシャリ。
 ♪・・粉雪 ねぇ 心まで白く 染めたなら ああぁ
    二人の 孤独を包んで 空にか えすから

 初雪や薹を隠せと綿帽子

     
tartetitan  

2010.11.29     タルト・タタン

基本的にアップルパイは大の好物なんだけど、タルト・タタンは次元が違うというか、ちょっと別格の感がある。生地と生地の間にリンゴがある・・のではなくて、甘く煮たリンゴを型に敷き、その上に蓋をする様に生地を乗せてオーブンで焼いたもので、出来上がりは一番上にリンゴの層が来る。砂糖の入ったリンゴが型に接しているので、焦げ目が着く程にリンゴが煮詰まって濃厚な味わいだ。見た目以上のボリュームで、流石のぼくも普通のアップルパイ程、一度にたくさんは食べられない。
初めてタルト・タタンを食べたのは、京都の平安神宮横にある、ラ・ヴァチュールという店だった。なんでも高齢のおばあちゃんが丹精されているということで、雑誌等でも有名な店になっていた。広くはない店内で「タルト・タタン」と注文するのが、少々恥ずかしかったのを思い出す。
今日は58回目の我が誕生日。市川にある大河原ハーブ園のケーキ屋さんで特注してもらったというタルト・タタンには、エェー!!! なんと5と8のクッキーが・・・。
とにもかくにも有り難う!! と・・・カシャリ。
後2年で赤いチャンチャンコかぁ・・・なんて、笑ってみたものの、2年やそこらで人の意見を素直に聞き入れられる様になるとは到底思えない。ようやく自分の限界が見えて来た・・・まあ、良く言えば天命を知った・・・というところだろうか。子の教えからは10年近く遅れている様だ。その分若いという事か・・・。

 聴く耳や十一月のバースデイ

     
道の駅 うりまく  

2010.11.21     道の駅 うりまく

青函フェリーが函館港に到着した時は、11月半ばだというのに北海道は既に真冬の寒さだった。遅れ遅れになった夏休みをようやく取ったのだから、せめて秋でいて欲しいという願いとは裏腹に、時折雪がちらつき冷たい風が頬を叩く。札幌まで車を走らせながら、雪道には成らないで欲しいと祈るばかり。ところが、日頃の行いが良いせいか日増しに天候は回復。在道中は、11月らしい穏やかな天候に恵まれた。
土曜日、親戚総勢6名+ワンが車2台に分乗して、旭川と網走の丁度中間点辺りにある丸瀬布(マルセップ)というところのマウレ山荘に向かって小旅行に出発。80歳を過ぎて益々軽快なハンドルさばきの義父の運転で全行程を走破した。宿泊は犬も同室できる8ベッドのログハウスコテージで、備え付けの大きな浴槽には常に源泉が掛け流されているという贅沢な施設。肌が一皮剥けてツルツルになる温泉と美味しい料理を堪能した。翌日も爽やかな晴れ。復路は層雲峡方面に南下。雪を頂く大雪山系を眺めながら三国峠を越え、新得へ。日勝国道には20Kmもの直線道路があって北海道らしさを満喫できる。途中、鹿追町瓜幕で乗馬クラブを併設したユニークな道の駅に立ち寄った。日曜日というのにあまり人気はなく、シーズンが終わっていることを再認識する。厩舎の前の枯れた芝生で、並んで暇そうにしている大きな木馬を見つけてカシャリ。
夏には賑やかに遊ぶ子供達の姿が目に浮かぶ様だ。

 冬来る十勝に休む木馬かな

     
八ヶ岳カントリーガーデン  

2010.9.19     八ヶ岳カントリーガーデン

秋分の日前後に中央自動車道方面に出かけるのは、何年か前にも相当懲りた経験があった筈なのに、またしても50Kmの大渋滞の中に飛び込んでしまった。三連休の中日なら・・・という淡い期待は裏切られ、全く動かない車列にしびれを切らして調布で降りたものの、心配した通り、20号線も大渋滞。なんとかチェのトイレを叶えてやれたのがせめてもの救いだった。再び国立府中から乗り直すも、渋滞は治まらず、小淵沢まで5時間という長丁場になってしまった。
小淵沢インターチェンジから少し東京方向に戻った八ヶ岳山麓に目的のカントリーガーデンはあった。教えて貰った地図の通り、県道から脇道に逸れ、小川に沿った車幅ぎりぎりの小径を入って行くと、点在する小さなビニールハウスが幾つも見えて来た。二頭の犬の遠吠えに出迎えられて車を降りると、森の匂いと焚き火の匂いが入り交じった、何ともゆったりとした空気感に包まれる。深い轍の路を中の方に歩いて行くと、想像していた以上のワイルドなたたずまい・・・。「なるほど!」とコスモスが揺れる英国風菜園をカシャリ。
カントリーライフという言葉や、自給自足の田舎暮らしに憧れるというのは、会社勤めに疲れが見え始める五十歳過ぎ頃に、多くの人が抱く夢の様なものではないだろうか。しかし、本当に踏み出した人達の心に触れる度、自分自身の軟弱さを思い知らされる。真っ暗な夜を受け入れなければ、満天の星は味わえないのだ。

 山間に畑と暮らすや秋桜

     
b  

2010.9.16     ビートルズ・モノ・ボックス

どちらが好きかと聞かれれば、やはりステレオ版と答えるかな・・・。ノイズが少なくなって音質がクリアになった分、臨場感のある方に軍配をあげてしまう。エアコンの効いた明るい部屋でCDをかけるというシーンでは、モノラルの音は似つかわしくないのかも知れないな・・・。広がりがなくて遠くから聞こえて来る様な感じ・・・。薄暗い冬の喫茶店なら良いかも・・・。でもその時はクリアな音ではなくて、パチパチと針の音がして欲しいしな・・・。
せっかく友人から借りたモノ版に文句ばかりで申し訳ないが、我が家のあまり上等とは言えない中途半端なオーディオ装置では、『こなし切れない音』、というのが正直なところだ。パッケージはこっちの方がいい感じなんだけど・・・。
そんなところへ、プラムリー・アップルが5Kg、信州から届いた。ウワァー、青リンゴだ!!!と、早速ボックスの上に乗せてカシャリ。
でも、アップル・レーベルのマークに描かれているリンゴは、ブラムリーではなくてグラニースミスというそうだ。日本語で言えば「スミスばあさん」ということなんだろうけど、どうも個人の名前をつけるのが常らしい。ビートルズがデビューする100年程前、オーストラリアからイギリスに渉って来た品種だとか。生でも食べられるみたいだけれど、やはり酸味が強く、ブラムリー同様ジャムやアップルパイに使われるとのこと。
アップルパイは本当に好きなんだよね・・・。
ブラムリーのアップルパイ、期待しよう。

 遠き日のラヂオの音や青林檎

     
gouya  

2010.8.31    最後のゴーヤー

とうとう昨晩で東京近郊は観測史上最多タイの熱帯夜を記録。最高気温が35℃以上の猛暑日数も史上2番目だとか・・・。我が家のベランダでは、例年の様にゴーヤーのカーテンを設えているが、南国生まれのゴーヤーも、今年の異常な高温にはさすがに参った様だ。実際ベランダにぶら下げた温度計は、この1ヶ月間、ほぼ毎日昼間は35℃を超えていた。処暑も過ぎ、太陽が低く差し込む様になる今頃には、益々ゴーヤーの茂りは有り難いのだが、今年は既に黄色い葉が目立つ様になった。最後にぶら下がった実も、大きく成長する前に黄色く熟れ始め、なんだかまだ子供の様で申し訳ない大きさだが、はじける前に収穫した。今年の夏を象徴する様な小さなゴーヤー。「ハー!!暑い!!」とため息混じりでカシャリ。
9月の半ばまで暑さは続くとの事。秋風が待ち遠しいなぁ・・・。

 炎天下焼かれゴーヤの穫り終い

     
江戸川花火  

2010.8.7     江戸川花火

本八幡の知人宅は高層マンションの28階。江戸川花火大会の見物会に招かれてカメラをぶら下げて出かけた。部屋に通されて最初に目に飛び込んで来た眺望に思わず「おー」と声が出てしまう。この界隈でのこの高さからの景色は初めてで、想像以上の広がりに感動しきり。明るいうちは富士山がくっきりと見えたし、建設中の東京スカイツリーも真正面に・・・。
まだ空に明るさの残る7時過ぎに花火大会がスタート。シャンパンを傾けながら、ジャズの流れるリビングから眺める花火・・・。ちょっと生活グレードの違いを感じさせられながら、尺玉が上がり始めたところをベランダに出てカシャリ。
何だかスカイツリーがタンポポの綿毛になったみたいだな・・・。

 高みより球と知りたる花火かな

     
ボーダーコリー chester  

2010.7.17    散歩の友

今年から一緒に暮らす事になった愛犬のチェ。チェスターという立派な名前を付けたのだけれど、どうしてもチェとかチェスと呼んでしまう。これまでに不慮の病で二頭の犬達と死別してからというもの、もう二度とこんな悲しい思いはしたくないと肝に命じた筈だったのに・・・。喉元過ぎれば・・・と言う訳ではないが、何回もの不思議な縁に出会って、またしても犬の魅力の虜に成ってしまった。
まだ一才そこそこのチェだけれど、人や犬の行動を良く観察していて、目で語りかけて来る様な仕草を時折見せる。もの静かでほとんど吠える事はなく、最初は声が出ないのでは・・と心配したくらいだ。まだ少年の風貌が愛おしく、爺としては目に入れても痛くないと言ったところか・・・。
東北道の白川ICから15Kmほど北西に登って行くと羽鳥湖の南にレジーナの森というリゾート施設が有る。森の中に配されたキャンプサイトは、きれいに整地され、隣接するサイトとの間も適度な雑木で距離が保たれている。若干人工的なところもあってワイルドとは言いがたいが、都会人が自然を満喫出来る工夫がそこここに凝らされている。
近くを流れるせせらぎの音や、野鳥のさえずり、心地良い風が木々の葉音を奏で、ゆらゆらと木漏れ日が揺れる中、まだ、完全に緊張がほぐれない様子のチェが、カッコーの鳴声に集中した所をカシャリ。
最低でも10年、いや15年は生きて欲しいな・・・。ぼくの散歩のパートナー。

 森の音に組む前足やボーの夏

     
murasakitsumekusa  

2010.7.10     ムラサキツメクサ

列島を西から東へ横縞になって通り過ぎて行く雨雲。同じ関東エリアでも数キロ離れただけで、極端に雨が降ったり降らなかったりと、天気予報を当てるのもなかなか至難の業だ。九州や中国地方の局地的な大雨も毎年の様に凄まじい。ただ、我が船橋下総中山だけを捉えてみると、それほど長時間の雨は降らず、今年は比較的凌ぎ良い梅雨と言えそうだ。
曇り空の中、半年程前からぼくの散歩の相手をしてくれているチェ(約一才の雄犬)と自転車で出かけた。江戸川の土手は昨年の暮れから補強工事になっていて、いつもの散歩コースには入れない。土手は以前より3m程も高くなり、堤防としての性能をアップして今秋には完成とのこと。フェンスで仕切られた脇道を抜け、もう少し上流の土手に向かう途中、腰の高さまで伸びた紫色のクローバーの群生を見つけて立ち止まった。こんなに背が高くなるものなのだろうか・・・と、何本か持ち帰えることに。家に着く頃にはぐったりとしていたけれど、ビンの水に差しておくだけで、あっという間に元気になった。さすが野生の生命力と、長く伸びた大きな花をカシャリ。
ぼくらは子供の頃からクローバーと呼んでいるけれど、正式にはムラサキツメクサと言う様だ。白い花のシロツメクサと共に、江戸末期にギヤマンの梱包材として渡来し「詰草」が名前の由来になったとか。シロツメクサより背が高く、牧場で良く見かけるやつだけど、これだけ徒長するのは、やっぱり近頃の気候や環境の変化なんだろうな・・・。

 馬肥やし首長くして梅雨の明け

     
水芭蕉  

2010.4.19     水芭蕉

福島在住の知人に案内して頂いて、土湯温泉のビッキ沼を訪れた。吾妻山と安達太良山の丁度中間辺りの山麓にある静かな温泉郷だ。大きな沼地だけれど、一帯は私有地とのこと。ようやく雪も溶けて沼の水位も徐々に増えて来る気配。せせらぎの音と鳥のさえずりに包まれて、一面に水芭蕉の白い苞が見頃を迎えていた。
水芭蕉と聞けば、江間章子の「夏の思い出」をついつい口ずさんでしまうのは、ぼくだけだろうか。でも、あれは花じゃないんだけどな・・・。花は小さすぎて、遠目には見えないものね・・・。
 ♪夏がくれば想い出す 遥かな尾瀬 遠い空
       水芭蕉の花が 咲いている・・・・

これから白い苞を出そうとしている新しい株の中に、あまりにも美しい折ひだの葉を見つけて思わずカシャリ。
三宅一生も真っ青かな・・・。

 新緑のプリーツプリーズベコノシタ

     
真間川 桜  

2010.4.6    真間川の桜並木

「桜好き」というのにも、いろいろなタイプがある様だが、この時期になると今年はどこで桜の花びらに包まれようかと、妙にそわそわしてくるのは皆の共通項の様だ。桜の下に宴を張って酒盛りをするというのも良いのだが、明るく開く花びらに水温む感覚と「春」という息吹を満喫するというのが、最も多い楽しみ方ではなかろうか。ぼくもその中の一人だけれど、団塊世代が定年時期を迎え、日本中の桜の名所を巡っている人達もさらに増えているに違いない。一眼レフと三脚を持って闊歩する夫婦の姿を良く見かける様になった。
今年は開花から花冷えが続き、残念ながら京都での満開は見る事が出来なかった。少なくとも五分咲き程度は期待して、3月末に訪れたのだけれど花はちらほら・・・。予約を入れておいた賀茂川沿いのレストランから恨めしくまだ蕾の樹々を眺めながら昼食を取っただけだった。その後もなかなか天候やタイミングに恵まれず、今年は花見は無しかな・・・と思い始めていたのだけれど、今朝は暖かくて好天の様子。ソレッとばかりカメラを担いで近くの真間川まで出かけた。昨日の雨で少し散り始めた樹やまだ九分咲きという枝もあったけれど、ほとんどの花は正に満開。
昭和56年に大きな水害を経験し、川幅の拡幅工事で一度は伐採された護岸の桜並木。長い交渉を成し遂げ、復活に尽力された方々の熱い想いに感謝しながら、真間川を包み込む桜並木と暖かな日差しをカシャリ。
いやー、春だァ!!!

 千回のシャッターを切る桜かな

     
北野天満宮  

2010.2.25     北野天満宮

学問の神様として、また梅好きとして知られる菅原道眞公。この菅公さんを祀る天満宮と聞けば、福岡太宰府の天満宮を思い出す。都から左遷され没した地で祀られたのだ。左遷の時「東風吹かばにほいおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」と詠んで離れる京を惜しんだとか・・・。よほど梅園を大事にしていたんだろうなぁ・・・。京都では本家と謂われる北野天満宮。主祀の是非はともかく、菅公さんの梅園は有名だ。八部咲きと聞く梅園を愛でに自転車で出かけた。
五十種、千五百本もの梅が植えられているとの事。毎月25日は月命日の天神市。特に2月は命日の梅花祭も重なって、平日にも関わらず参道は大勢の人で賑わっていた。
結局、園内ではなく園の外側から見事な枝振りの白梅とその奥に広がる紅梅林をカシャリ。
近寄って花びらを見るよりも、梅園の素晴らしさを実感させられた。

 白梅に透かして淡し紅の帯

     
椿  

2010.2.18     ヤブツバキ

徳島の実家は、ぼくが幼稚園児の頃に建てられた。初入居の日、幼稚園から直接新居に行く様に言われていたのだけれど、行ってみると店舗想定の表は雨戸が閉まっていて入れない。引っ越しのどさくさで子供が帰って来る事を忘れてしまったのか、応対してくれる人の気配が無い。運悪く、ウンチをもようしていたぼくは、横のトタン塀に付けられた扉を叩きながら大声で泣きわめいた。なんとか気付いてもらって、無事便所に駆け込んだのだけれど、まだ未使用の深い壺の上の便器にまたがるのは、小さな子供にはものすごく怖かったのだ。・・とまああまり楽しくない思い出が実家の便所には残っている。築五十年を過ぎてかなり古ぼけて来た家屋。あちこち小刻みに手を入れて、なんとか母が住まい続けているのだが、便所に限らず、当初の設計段階から水回りの優先順位があまりにも低く、多少の梃入れでは如何ともしがたい手狭なレイアウトに閉口している。
かつてのトタン塀は既になく、駐車スペースとなった狭い庭には、母が丹精した椿の鉢植えが所狭しと置かれている。表から裏庭まで、百鉢で六十種程を育てているのだとか・・・。
椿の花は、まだ蕾の時に短く切って、一輪挿しで咲かせた方が、花びらが痛まず奇麗に咲くとのこと。トイレや玄関、居間に置かれた一輪挿しを一同に集めてカシャリ。
二千種類以上有ると言われている椿。学名をカメリア・ジャポニカと言うそうだ。和名はヤブツバキ。紅も良いけど、白が好きだなぁ・・・。

 花自慢切りて咲かせる椿かな

     
姫蔓蕎麦  

2010.1.13     京の山野草

人の目は何かを見る時、その物の見たい部分だけに上手にピントを合わせる。見ようとした部分以外はボケているのだけれど、ボケた部分を見ようとすると直ぐにピントを合わせてしまうので、常に全体がはっきり見えていると錯覚してしまう。
一方カメラが捉えた画像はと言えば、その目的によってピントの合い方も様々だ。カタログ写真や報道写真は、見る人が何処の部分を見ても良い様に、出来るだけ被写体全体にピントが合ったものが求められる。大画面で見られるハイビジョンTVなんかは、被写体のみならず背景までもピントを合わせている様だ。公として見られる画像は、より客観性を求められるという事か・・・。
逆に人の目に近い見え方で、写す人が見ようとした瞬間の箇所にピントが合った写真は、芸術的な写真に限らず日常のスナップでも、写す人の気持ちやその場の空気感を表現する事が出来る。ピントが合っている箇所を特定するという事は、より個人的な画像になるという訳だ。
人間の目のF値、いわゆるレンズの明るさは、ほぼF1.9前後と言われている。より人間の目に近い明るさのレンズを使って、軒下にぶら下がった蔓蕎麦の花を、カシャリ。
昼過ぎからちらつき始めた雪に、薄ピンクの花はますます赤味を強くして来た様だ。さてさて、ピントは気持ち通りに合っているかな・・・。

 初雪や姫蔓蕎麦の舞う軒端

     
比叡山 初日の出  

2010.1.1     比叡山の初日

せわしなく過ぎて年の瀬をあまり感じなかった去年今年。京都の冬は厳しいと聞いてはいたけれど、やはり噂に違わぬ底冷えだ。大晦日は大陸からの寒波で、日本海側は大雪。若狭湾から琵琶湖を抜けて伊勢湾までも、雪雲の通り道と成ってしまった様で、名古屋方面にも交通規制が出るほどの雪が降り続いたとのこと。比叡山延暦寺でご来光を仰ごうと新調のスタッドレスタイヤで出かけたのだけれど、残念ながら比叡山ドライブウェイは封鎖。ここまで来たのに・・・とぼやいてみたものの、しかたなく雪のちらつく田ノ谷峠から琵琶湖側に下り始めた時、幸運にも雲間からのご来光が、ほんの数分間。一瞬のチャンスには、いつもカメラの準備が出来ていない情けなさ・・・。なんとか、ポケットのコンパクトデジカメでパチリ。
日の出時刻は過ぎているけれど、分厚い雲のせいでまだ薄暗い峠と、琵琶湖の湖面を照らした陽光のコントラストが、ようやく新年を実感させてくれた。

 山中越初日の影や笹の雪

     
ketsuro  

2009.12.6     窓の結露

このサイトのタイトルを付けた時、村上春樹の風の歌やピンボールに出て来る「ジェイズ・バー」がかなり気にはなった。でもまあ自分の名前だし・・・。特に熱狂的なファンという訳ではないけれど、作品の8割ぐらいは読んでいると思う。羊もノルウェイもダンスもカフカも(1Q84はまだだけど・・・)どれを思い出しても、いつまでも浸っていたい様な、読み終える時に苦痛を感じる様な、そんな印象が強く残っている。
今朝は変な夢を見て、無理矢理夢の世界から逃げ出そうとして頭を振って目を覚ました。白々として来た窓のカーテンを開けてみると、ガラス一面に結露が付いていて、青白い色合いが夢の続きの様に感じられた。まるで、村上作品を読み終えた時と同じ様な気怠い感覚だった。
マクロレンズに偏光フィルターを付けて、指で崩した水滴をカシャリ。
結露を露と表現しても良いのかなぁ・・・。

 蒼き露窓に彷徨う指の跡

     
ザ・ビートルズ・ボックス  

2009.11.29     ザ・ビートルズ・ボックス

9月に発売されてから、ずっと欲しいなぁと思いつつ、ちょっと高くてなかなか手を出せないでいた、ビートルズのデジタルリマスター版のCDボックス。 なんとそのボックスを、ぼくの誕生日にと子供達兄弟でプレゼントしてくれたのだ。それも今朝の1時頃。もう寝付きに入っていた所を半ば強引に起こして、「誕生日、おめでとう!!」とリボンの付いた包みを差し出した。
息子達には日頃厳しい事しか言わない父親なので、煙たがられているとばかり思っていたのだけれど、ぼくの誕生日を覚えていてくれたというのは、ちょっと意外だった・・というか、少し勘違いしていたのかもしれないな・・・と思わされてしまった。誕生プレゼントを子供から貰うなんて初めてだっただけに、少々気恥ずかしいやら照れくさいやらで、「ありがとう」と言うのが精一杯の反応だったけれど、正直、凄く嬉しかった・・・。まあ、自分達のiPodライブラリに追加したいだけなのかも知れないのだが・・・。
初めてCD化されたディスクも4枚あり、かつてのLPジャケットと同じ絵柄でそろっていて、何だかグリコのおまけの様・・・。16CD+1DVD全200曲以上のアルバムは聴き応えも見応えも有りそうだ。今までに持っていたCDと楽曲的には1/3程オバーラップするけれど、音質や臨場感を比較しながら楽しみたい。先ずは、アルバムの封を切る前にボックスの中身とパッケージをカシャリ。
やっぱり、ジョージ・ハリスンは格好良かったなぁ・・・。

 父らしくありがとう云う夜長かな

     
shisendo  

2009.11.20    京の秋終い

今年はこれまでになく京都の秋を満喫する年になった。嵐山、保津川に始まり、大徳寺黄梅院と芳春院、金閣、銀閣は勿論、修学院離宮、詩仙堂、永観堂、大徳寺高桐院、東福寺、最後に府立植物園まで、いやー良く廻りました。今日の午前中、植物園には天皇皇后両陛下がお出でに成ると聞きつけて行ってみたけれど、残念ながら既に移動された後・・・ハヤ。
11月前半はまあまあの天候に恵まれたけれど、後半は荒天で、ちょっと写真を撮るには厳し日が続きました。特に修学院離宮に行った17日は、カメラに水中用の防水ジャケットが欲しいと思った程の雨。出来るだけ濡らさない様にはしていたけれど、一時、上面の液晶ディスプレイが挙動不審に・・・。頭か肩にワンタッチで脱着出来る大きめの傘が欲しいなぁ・・・。
一面の苔の絨毯に、落ちたモミジをカシャリ。
三連休はますます人で溢れそうだ。

 杉苔の傘になりたや散り紅葉

     
銀閣寺  

2009.11.18     慈照寺 観音殿

無知とは恐ろしいもので、杮(こけら)の漢字も読みも知らなかった。似てるけど柿(かき)じゃない。つくりの「市」が突き抜けて四画だとか・・・。良く耳にするこけら落としの「こけら」は新築オープンの時に払う木屑の事だと思ってたし・・・。
「杮葺き(こけらぶき)」の解説では、3mm程度の厚みに製材された正目のスギやヒノキの薄板を丁寧に重ねた屋根とのこと。確かに新しいうちは、「桧皮葺き」より高級感は有りそうだし、複雑な曲線を造形するには、やりやすい工法の様だ。ただ、板と板の隙間が無いので、毛細管現象で水気が入り込んで乾燥しにくい様に思うけど、どうなんだろう・・・。
改修工事まっただ中の銀閣。1階部分に張られたテントに邪魔されて、撮影アングルが難しい。なんとか境内奥の展望所付近から、杮葺きの銀閣と今出川方向の街並をカシャリ。
分厚い雲の隙間から差した、一瞬の光に感謝。

 秋深し白き杮の東山

     
金閣寺  

2009.11.14     鹿苑寺 舎利殿

大北山周辺は、左大文字下に金閣鹿苑寺、その南西に竜安寺、仁和寺と観光スポットが並ぶ。金閣は1987年の改修前に一度拝観しているのだけれど、その時は木造りの質素な印象だった。当時は、どうして金閣という名前なの?と思いつつ、同じ様に銀色ではない銀閣との対比で、素直に納得していた様に思う。何れにしても、金箔が剥がれ落ちたという印象はまるで無かった。その渋さと重厚さ故の「金閣」と解釈していたぼくとしては、金ピカに改修すると聞いた時、少々違和感を覚えた事を思い出す。しかし、当時の改修の様子を細かく取材したTV番組を見た後は、「 屋根は金じゃないのか・・。」と思うくらい、北山文化の艶やかさに感化されていた。何層にも重ね塗りした漆に、10cm角程度の金箔を息を吹きかけて張付けていく作業は、とても屋外のものとは思えない程、緻密な職人技だった。
改修から20年以上の時を経て初めて対面する金閣。入り口からのアプローチを抜けた途端、飛び込んで来たその光は、丁度、西日をまともに受けて目も眩むほど・・・。「オォ」と周囲からも歓声が上がる。人混みをかいくぐって、なんとか、反射光の少ない角度まで移動して、カシャリ。
背景にある常緑の森に、数本の紅葉するモミジがアクセントに成っている。イチョウやカツラの様に黄葉する庭木を植栽しないという、秋の金閣を浮き立たせる配慮は、創建当初から周囲の森にまで工夫されていたに違いない。

 北山は銀杏許さぬ紅葉かな

     
嵐山  

2009.11.9     嵐山

京都の秋をカメラに納めようと、母と一緒に嵐山を訪れた。しかし、事前の調べが悪くて、と言うより渡月橋辺りに行けば何とかなると言う甘い考えのせいで、嵐電とトロッコ電車の区別が全く付いていなかった。嵐山駅前の駐車場に車を停めたものの、そこは嵐電の終着駅。今日は保津川沿いに紅葉を愛でながらトロッコ電車に乗ってみようと思っていたのだけれど、初っ端からつまずいてしまった。結局、トロッコの嵯峨駅まで、1Km程の距離を脚の痛い母に歩かせてしまう。なんとか、トロッコの亀岡往復チケットは指定座席を確保出来たものの、帰りは嵯峨駅前にたむろ?していた人力車のお世話になる事になってしまった。人力車に乗るのは初めてだったけど、なかなか快適な乗り心地。持ち上げる時、ちょっとヒヤッとするものの、動き始めると大きな車輪とスプリングでガタガタ感はまるでない。ただ、乗車場所と降車場所に地元の交通制約が有るらしく、ちょいと下駄代わりにそこまでと簡単には行かない様だ。
折から、11月とは思えない陽気で、少し動くと汗ばむほど。一生懸命引いてくれるお兄さんに感謝しつつ、背中の「嵐」をパチリ。
紅葉はまだまだだったけれど、思い出に残る体験でした。

 汗滲む車夫の背中や薄紅葉

     
susuki  

2009.10.28     風立ちぬ

朝夕は段々と風が冷たくなって来た。いつもの散歩コースの江戸川にも北よりの風が少し強く吹いて、川面のさざ波もすすきの穂も同じ向きに流れ始めた。先週は釣船がまだ出ていたけれど、その影も無くなって、何だかやけに向こう岸を遠くに感じてしまう。
ようやくこの辺りもコンクリートで固めた護岸の内側に、石積みの小さな堤で囲ったビオトープを作って、生態系に配慮するようになって来た。河口の先には東京湾の中でも最後の「ゆりかご」と言われている三番瀬が広がっている。三番瀬を埋め立てて、谷津干潟だけ残せば良いだなんて、いったい誰が発想したんだろう・・・。
今年は歴史的な政権交代が起こり、新しい政治政策に期待したい気持ちは強い。でも、豊かさの価値軸を変えるのは、そう簡単ではない様だ。話題のダム事業でも、経済と環境をどうバランスするかという議論はあまり見られない。住民も国も経済優先。あわよくば両立出来るだろう程度に、机上だけで考えているところがとても気に掛かる。
沈み逝く太陽に、なぜか浮かんだ松田聖子の歌を口ずさみながら、パチリ。
  ♪さnよnなら さnよnなら さ-よ-な-らー
       かnぜ-立ち-ぬ- い-ま-は-秋・・・

 沈む陽の種火がごとき細すすき

     
tokyoskytree  

2009.10.21     東京スカイツリー

業平橋に建設中の東京スカイツリー。こんな高さまで出来ているとは知らなかった。周りのビルと比較しても、もう既に200m近く有りそうだ。出来上がりは、最初610mと聞いていたけど、中国に対抗して634mにするとか。世界一に拘ったか・・・。でも、建設中に20m以上伸ばせるなんて、どういう設計なんだ?。現在出来ている部分は、底面の三角形から丸になろうという途中の形。丁度ルーローの三角形というか、ロータリーエンジンというか・・・定幅図形の様なそんな形。でも向きが有るって言う事は、風水とかちゃんと考えて有るのかな・・・。
この辺りは荒川と隅田川に挟まれていて、その間を繋ぐ水路が街を仕切っている。昔は「川向う」なんて田舎扱いされたエリアなんだろうな。隅田川沿いの本所吾妻橋に近いこの水路では、屋形船が夏の花火の商盛期から、秋冬の天ぷらや鍋料理に向かう準備期間を過ごしている様だ。実際、忘年会シーズン以外は、なかなか客足が伸びないらしい。やはり、涼しくなってからの船遊びは、通好みということなんだろう。
この日、たまたま通りかかった三ッ目通りの源森橋から、秋空に突き出た建設中の東京スカイツリーを発見して屋形船と一緒に、カシャリ。
完成は再来年らしいけど、来年の春夏には遊覧の目玉になりそうだ。下町の情緒に違和感がない訳ではないが、現在の4倍近い高さの塔を、この上に想像するだけで、未来世紀を彷彿する。大林組もやるもんだなー。

 掘割りの秋より高しテレビ塔

     
niou2  

2009.10.19     中山法華経寺 金剛力士像

金剛力士像と言えば、腹筋が割れるほど鍛え上げられた肉体で、近寄り難い形相と威圧感で迫って来るイメージ。中でも奈良興福寺の仁王さんなんかは怖い程ストイックだ。
でも、全国のお寺の中には、優しい姿の金剛力士像を奉る所も有るようだ。我が街の法華経寺にも、三門の両脇に仁王立ちした像があるけど、ポーズも形相も比較的柔和な感じ・・・。右の阿形も左の吽形もちょっとメタボなお腹で可愛い仕草!!!
以前から気にはなっていたけど、周囲が鳥除けの金網と、かなり白化した透明アクリル板に覆われていて、とても撮影出来なかった。で、この為に買った訳じゃないけど、新しく手に入れたコンデジを、お賽銭用の小さな窓から片手で中に入れて、パチリ。
やはり、みごとなお相撲さん腹だ・・・。

 息凝らす阿吽の祠(ほこら)秋の朝

     
kinmokusei  

2009.10.12     金木犀

築24年になる我が家のマンション。今年の8月に2回目の大改修工事を終えて 、再び白い外壁を取り戻した。しかし、その為にほぼ5ヶ月間、ベランダは使えなくなり、足場とネットに覆われて暗い我慢の毎日を過ごした。過ぎてしまえば何事も無かった様だけれど、埃っぽくて塗料の匂いが立ちこめる環境は、住む人を想像以上に苦しめる。そんな期間から思えば、秋晴れのベランダで植物達に水をやるのも一入というものだ。ふと、金木犀の甘い匂いがして、そういえばエントランスに植え込まれていたなぁと思い出した。行ってみると、随分と大きな木に育っていて、1本と思っていたら、なんと4本も・・・。これで匂いも強いんだ、と納得。頻繁に側を通っているのに気付かないとは情けない・・・。
カメラを取りに戻る途中、玄関ホールですれ違い様に恰幅の良い青年から挨拶されて面食らう。あの面影は・・・ひょっとして・・・エー!!あの三輪車に乗ってた子がもうあんなに・・・。ぼくが駐車場で車いじりをしていると、良くゴムボールが転がって来て、投げ返してやった子だよなぁー。
月日は止めようもなく過ぎて、ここに住む人達の世代も代わり、再び子供達の遊ぶ声が聞こえる様になって来た。
四半世紀か・・・早いなぁー・・・と、ここに越して来た頃を思い出しながら、匂いも撮れないものかと、カシャリ。
ずっと見て来たんだよなぁー・・・こいつら。

ベランダに金木犀の香りけり

     
銀座四丁目 和光  

2009.10.9     銀座四丁目交差点

ご存知だろうか・・。『銀座カンカン娘』という歌。その中に「・・時計眺めてそわそわニヤニヤ・・・」という歌詞がある。約束の時刻に現れない相手を腕時計を見ながら不安と期待で待つ光景。でも、今や銀座の交差点で待ち合わせる男女の姿を殆ど見かけなくなった。携帯電話の登場で時刻を決めなくても会える様になったから・・・。夕方になると「今、会社出た。ちょっと遅れそう。」「じゃぁーいつものところ、先に行ってるね。」という会話が飛び交う。それも音声じゃなくてメールで・・・。となると、腕時計はどうすれば・・・。もはや、腕時計の役目は終わってしまったのか・・・。
そんな事を考えながら、昨日の台風18号に洗われてくっきりとなった和光の時計台をカシャリ。
でも、昨今の携帯電話の進化っぷりは、007に出て来た様な、ハイパーな腕時計の登場を期待させるよなぁ・・・。

 台風禍去(い)なす銀座のネオンかな

     
meigetsu  

2009.10.3     中秋の名月

お昼過ぎまで降っていた雨の様子では、ああ・・今日はとても月見どころじゃないな・・・と空を見上げて諦め気分。関東地方の天気予報も翌未明まで曇り時々雨で、夜までに雨雲が通り過ぎる気配はまるで無い。今年は10月3日が旧暦の8月15日で、暦の上での中秋の名月。天文的には4日の方が満月に近いらしいけど、暦で写真を撮りたいぼくとしては、重く暗い空を見上げては、ため息ばかり。
陽が落ちてから2時間程経った頃、案の定、東の空は分厚い雲に覆われて、その向こうに月の光らしき薄明かりがぼんやりと見える程度。だがしかし・・・よく見ると思いの外、低い雲の動きは速く、刻々と様子が変わってくる。ひょっとして、出るかも・・・。急ぎ車にカメラを積んで、出来るだけ空の様子が見渡せる場所へ・・・。三脚を設えて待つ事1時間。徐々に雲の切れ間が広がり、待望の満月が・・・!!
低い雲が切れても、その上には高い雲があってなかなかくっきりとはいかないが、逆に雲がなければ天文写真?・・・などと考えながら、カシャリ。
雲がかかっている割には、晴れの海とか静かの海の暗い部分がはっきりとわかる。西洋ではカニのはさみの部分。日本ではうさぎさんの頭と胸だけど、逆さとはいえ、どう見ても餅は搗いてないよなぁ・・・。

 名月や暈し染め着てようやっと

     
今宮神社 あぶり餅  

2009.9.19     今宮あぶり餅

「玉の輿」で有名なお玉さんが足繁く通った縁結びの神様・・今宮神社。お玉さんとは五代将軍綱吉の母、後の桂昌院。八百屋の娘から将軍の生母になった話しは有名だ。で、あやかりたい若い女性の参拝が今でも後を絶たないとのこと。ちなみにここのお守り袋には野菜の模様が刺繍されてて、野菜好きには外せません。
正面横の門を抜けると、両側にあぶり餅屋さんが二軒。今回は餅を焼くおばちゃんと目が合ってしまった右側のお店へ。焼いている餅を見ると、親指の先程に小さく契られた餅が、二つに割られた細い竹串に絡めてある。それを炭火の上で器用に転がしながら焼き目を付けて行く。最後に甘い白味噌のタレを掛けて出来上がり。
いやー・・・美味そう!!と、カシャリ。
一人前は15本。一本を小さくして本数を多くしてあるのは、焦げ目が美味しいからなんだ・・・。

 秋彼岸名残縁台あぶり餅

     
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2009.918     酒蔵のイタリアン

日頃から懇意にして頂いている京野菜で有名な森田さん。中でも森田さんの賀茂茄子は絶品との評判がすこぶる高い。実際に栽培ハウスを訪ねてみると、実に研究熱心で、水や土壌に並々ならぬ努力をされていることが窺える。そんな森田さんの賀茂茄子を使ったイタリアンレストランが、大田神社の近くにあるということで、ランチと打ち合わせを兼ねて自転車で訪れた。
リストランテAZEKURA(愛染倉)は、江戸時代に奈良にあった酒蔵を昭和の時代に移築改造した建物で、高い天井と梁が酒蔵らしさで迎えてくれる。庭には桜やもみじが配されて、これからの紅葉が楽しみな気配。
『枯れ始めるにはまだ早い。夏と秋の間とは、味わい深いものです。・・・・そうだ 京都、行こう。』
今はまだそんな感じ。
秋刀魚のパスタと賀茂茄子のアクアパッツァが運ばれて来るまでの間、ちょっとリッチでゆったりとした気分。と、静かな店内に大きなシャッター音でカシャリ。
会釈したウエイターの笑顔に救われる。

 あら楽し庭の緑や秋野菜

     
桃の井  

2009.9.16     桃の井 命の水

京都の酒といえば伏見。キンシ正宗も京都伏見の酒だが、その創業の地は意外にも街中の堺町通二条にある。堀野記念館として残された町家には、現在でもこんこんと地下水が湧き出ていて、ここで実際に地ビールを製造しているらしい。
社名はキンシとカタカナだが、元々は金鵄勲章のキンシだと聞かされた。戦前は軍の御用達で繁盛したとか・・・。金鵄とは金色のトビのこと。そう、神武天皇の弓にとまったと言う、戦勝にめでたい鳥なのだ。
中庭にある「桃の井」と命名された井戸は常にポンプで水が汲み出されていて、そのまま流してしまうのは、ちょっともったいないな・・・という感じ。止めてしまうと水質が安定しなくなるとのこと。側に置いてあるグラスに、流れ出る水を注いで飲むと、柔らかくて角がない。冷た過ぎず、温過ぎず・・・飲み込んだ後の口の中に何も残らない印象がたまらない。そんな水を持ち帰って、コーヒーやお茶をいれる・・・京都人の何と贅沢なことか。
透明だけれど透明じゃない水の色。いったい何色に写れば美味しい水に見えるんだろう・・・そんなことを考えながら、カシャリ。
さやさやと吹いてくる風と小さな滝の音に、催眠術にでもかかった様に暫く佇んでしまった。
さて、早いとこタンクに水を頂いて帰ろう・・・。

 木漏れ日も飛沫(しぶき)と跳ねる命水

     
江戸川  

2009.9.6     江戸川の夕焼け

スコットが死んでからちょうど2年になる。大型のフラットコーテッド・レトリバー。なかなかハンサムなやつだったけど、7歳になる前に骨肉腫で旅立ってしまった。最後まで一生懸命生きようとしてくれたけど、助けることは出来なかった。
二人で良く行った散歩のコースは、今でもぼくの散歩コースのままだ。家から3Km程の距離にある江戸川の広い堤に上がり、河口までの2.5Kmを往復する。でも、本当はそんなスパルタ散歩はあんまり好きじゃなかったんだよね。この土手に来るといつもピョンピョン跳ねる様に走っていた君を思い出すよ。今日は良い天気で、きれいな夕焼けだなぁと眺めていたら、なんだか雲の形が走っている君に見えてきた。きっとぼくだけにしか見えないんだろうけど、思わず・・・スコー!!!と叫んで、カシャリ。
もう一度会いたいな・・・。

 逝く夏や夕雲高く駆け抜けん

     
鷹峯唐辛子  

2009.9.5     鷹峯唐辛子

昔は唐辛子と聞けば真っ赤な鷹の爪しか連想しなかった。でも、最近では激辛料理に使われるハバネロやハラペーニョから、あまり辛くないペペロンチーノに使うパプリカ系の洋物唐辛子まで、デパ地下なんかで普通に見かける様になってきた。色は完熟のオレンジや赤かと言えばそうでもなく、ピーマン色で並んでいることが多い。辛さは千差万別だけど、激辛が苦手なぼくとしては、どうしてもピーマンなのに「辛いヤツ!!」というイメージが付きまとう。
ピーマン色と言えば、日本にも甘唐辛子といわれる獅子唐がある。かすかな辛みが風味になって、天ぷらの盛り合わせには欠かせない野菜の一つ。ただ、十分の一くらいの確率で種に辛いものがあったりして・・・ロシアンルーレットじゃないけど、箸をつける瞬間に戸惑いを感じるという面白い野菜。長い品種改良を乗り越えて来たDNAのリベンジか、はたまた先人の悪戯か・・・。
この獅子唐の仲間に、昭和になってから京都北区の鷹峯で栽培された鷹峯唐辛子というのがあるらしい。伏見唐辛子(伏見アマナガ)や万願寺唐辛子に比較すると歴史が浅く関西でもマイナーとのこと。関東では殆ど見かけたことがない。一般に販売されている獅子唐より肉厚で、獅子の頭に似ているという部分が大きく、風味も強いとのこと。京都から送られてきたその鷹峯唐辛子を前に、さてどう料理したものかと、カシャリ。
どいつが辛いヤツだろう・・・。

 雑魚寄せて青唐辛子炊きあがり

     
すだち  

2009.8.25      すだち

「ゆ・か・す」と言えば、ユズ、カボス、スダチで、日本の代表的な柑橘類。和製レモンというところかな。(でも、ダイダイが抜けてるけど・・・。)中でも夏にぴったりなのがスダチだと思うのはぼくだけだろうか。暑い盛りの冷や奴やそうめん、これからの秋口には秋刀魚や松茸に欠かせないのが「すだち」なのだ。ただ、焼き物や冷たい物には良く合うのだけれど、その強い香りのせいか、暖かい鍋物なんかには今ひとつ・・・。松茸の土瓶蒸しくらいかな・・香りのバランスが取れるのは・・・。やはり、冬に向かってはカボスやダイダイに軍配が上がる様だ。
実家の徳島はスダチの産地。毎年実家から送って貰うスダチは、スダチ農家から直接買っているとのこと。多少器量の悪い所もあるけれど、肝心の汁の量はお墨付き。今年も実家からスダチが届いた。少々オーバーな様だけど、ぼくにとってはどうしても無くては成らない命綱の様な存在なのだ。段ボール箱一杯のスダチをポリエチレンの袋に小分けにして冷蔵庫の野菜室で保存するのだけれど、先ずは「来たぁー!!」と一同に並べてカシャリ。
真ん中の笊にもった小粒のものはハウス栽培で、小振りだけれど皮が薄く汁が多い。周りのものは露地物で皮も厚くてまだ実も固い。表皮を下し金ですって散らしても香りが良い。露地物の本格的な収穫時期は9月に入ってからだけど、いち早く、その強い香りを楽しませて貰おう。

 秋刀魚喰う仕草も見ゆるすだちかな

     
大文字さん  

2009.8.16     大文字さん

夏の京都を満喫する行事はいろいろあるけれど、やっぱり締めくくりにはどうしても五山の送り火が欠かせない。と知ったかぶりだが、これまでテレビでしか見た事がないという、にわかフリーク。でも、なんとしても一枚の写真にと思い、撮影ポイントを探してウロウロ。やはり、大の字を撮らねば、この一枚には成らないし、法や妙も趣きは有るけど、初心者向きじゃないよなぁ・・・。
山肌が削り取られた大の字は昼間でもはっきりと見える。ただ、出町柳辺りでは、あまりに距離が近くて、大の字もやや扁平気味。もう少し高い所から、大の字と川を一緒に撮りたいな・・・と、賀茂川沿いに右岸を上り、見え隠れする大の字を振り返りながら、とうとう上賀茂神社近くまで歩いてしまった。うん。ここなら、川と大文字が撮れる。しかも、ひょっとすると、川面に炎が映るかも・・・。まだ、昼過ぎというのに、はやる気持ちを抑えに抑え、その時刻を待つ事に。
三脚に70〜200mmを装着して7:00過ぎに決めておいたポイントへ。ひょっとして、大勢来ていて場所が無いかも・・と心配していたけれど、カメラの砲列といった景色はまるでなく、コンペチターは一人だけ。なんだ、人気無しか・・と、ちょっと寂しくなりながら、ベスポジにセット完了。8:00ジャストに点火された炎は瞬く間に山肌を照らし出し、想定通り、川面に映し出された炎をカシャリ。
それにしても、燃えている時間はほんの30分程。こんなにも短いとは・・・潔し大文字。

 送り火の煙り映さぬ賀茂の川

     
糺の森  

2009.8.14     糺の森

東側から流れ下る高野川と西側から流れ下る賀茂川が合い混ざって鴨川となる。賀茂川と鴨川で文字が違うと初めて気付いたのは、上賀茂神社と下鴨神社の文字を比較した時だったかな・・。勉強不足でその理由は良く知らないが、二つの川が鴨川へと合流する三角地帯にこんもりとした森がある。普通、神社と聞けば朱塗りの社殿を恭しく思うのだが、ここでは糺(ただす)の森と呼ばれるこの森そのものが世界遺産下鴨神社・・・とのこと。この日、冷泉貴実子氏の「神と和歌」と題した講演を聴きに、この糺の森を訪れた。豊かな川と地下水に恵まれた京都の中でも特に水との深い関わりを標榜して来た下鴨神社。講演を聞いての帰り、なるほどと納得の情景を見つけて賀茂大橋の中程からカシャリ。
心と身を糺す・・・水に流して禊をする。という日本人ならではの精神性の原点がここに有るのかもしれないな・・・。

 浮き島にみそぎて鴨の風そよぐ

     
gundom  

2009.7.29     潮風公園ガンダム

土日祝日は絶対にダメだと思って、平日の早い時間、とは言っても9:00頃に、お台場に向かった。しかし・・・ゲェー!!ウソー!!もういっぱい。最寄りの駐車場はどこも係員がダメだし状態。「遅かったな武蔵(関係ないけど)・・・」などとつぶやきながらウロウロするも結局、船の科学館近くの駐車場に停めて歩く事に。
湾沿いにカメラバッグを担ぎ歩いて、ようやくガンダムの勇姿を目の当たりに。いやー、よく造ったなぁー!!と思わず口をついて出る。テレビやネット上で見ていたので、想像通りと言えば想像通りだけれど、やはり実物は凄みが有る。
見よ、このふくらはぎ。
今にも動き出しそうな説得力はIDセンスの賜物か・・・。シド・ミードで開眼させられたデザインテクニックは、今や日本のお家芸にまで昇華している・・と言っていい?・・・のかな。
感激一入でカシャリ。
神戸にも鉄人28号が組み立てられているとか・・。アニメファンには最高だろうけど、ロボットとしてはちょっとリアリティー不足かな・・。
パトレイバーなんか良いと思うけどね・・。
でもまあ、不景気の折、盛り上がれるネタは嬉しい限り。

 潮風に立つガンダムや夏の夢

     
祇園祭  

2009.7.17     祇園祭

前日の宵山は、杉本家を見せて頂き、夏の設えに感心させられる。かつて大流行した疫病に対抗したという祭りの謂れなども知って、伝統を継承する事の大変さと、ボランティアの人々の熱い想いを肌で感じさせて貰う。チロンチロンという鐘の音、最初の内は良く聞こえていたのだけれど、意識しなく成った頃、風情の中に溶込んでいる事に気付く。厄払いのちまきも、デザインが多種多様で面白い。
今年の1月に「重たくてもう使えない」と言う母から100〜400mmのズームレンズを譲り受けたけれど、なかなか使うチャンスがなかった。で、ここぞとばかり、両肩にカメラと三脚をぶら下げて山鉾巡航の雑踏に繰り出した。予定通り河原町御池の交差点で待つ事に。しかし、交差点は五重六重の人垣で、とても三脚なんぞ立てさせて貰える状況じゃあない。ぼくも「報道」の腕章がほしいなぁと思いつつ、せめて脚立でもあれば・・・。見物する人達の頭をかいくぐってシャッターを押すも、いやーダメだ!!全然撮れない!!! 
制止するお巡りさんの隙をついて、車道に飛び出し、カシャ、カシャ・・・っと連写10発。さらに一歩前へと構え直したとき、駆け寄って来たお巡りさんに肩を押されて歩道に。
ちょうど河原町四条を二台目の函谷鉾が曲がったところで、いよいよ来るなという気運は最高潮なのに・・・。お巡りさんの大声には、ほとほと参りました。

 長刀の鉾河原町うねり来る

     
blueberry  

2009.6.28     ブルーベリー

ブルーベリーってどんな風に実がなるんだろう・・。確かに見た事がないな・・・ということで、徳島県美馬市にある農園のブルーベリー積み放題とやらに行って来た。大粒の実がたわわとの新聞触込み。四国山地に向かう山の中腹で、全体を防鳥ネットで覆った斜面に、数百本のこんもりとした低木が植えられ、直系1.5cmほどもあるブルーベリーが、確かに、たわわに実っている。早稲の品種との事。こんな感じなんだぁ・・・・まるで葡萄みたい。房なりになるとは知らなかったな・・・。
ヘエェーと感心しきりでカシャリ。
食べ放題と言われても、そんなには食べられる物じゃないよねー。せいぜい10個も食べると、もう結構という感じ。それも主催者はお見通しか。やはり、ブルーベリーはジャムだよなぁ・・・等と思いつつ、入場料の元は取れるだろうかと心配してしまう。

 熟れて落つブルーベリーに気兼ねかな

     
紫陽花  

2009.6.25     大原三千院

30年以上ぶりだろうか、大原の三千院を訪れた。
なんか・・こんなだったっけ・・と思いつつ、駐車場からの路をテクテク。靴を脱いで庭を見ても・・・むむむ・・・となかなか記憶に辿り着かない。やっと境内を散策するうちに少しずつ、ああこの地蔵・・・確か・・と記憶の断片に引っ掛かる。やはり石仏の威力は凄い。気付かないうちに デュークエイセスの唄う歌が頭の中で反芻されて、自分のミーハー度を再確認。
 ♪京都大原三千院 恋に疲れた・・・・

でも、恋って疲れる?? ひょっとして損得勘定入ってないかな・・・そのひと。結城に塩瀬の素描の帯・・・って、要するに紬の着物に良い帯してるって事だよね。かなり高そう。自分で買ったのかな。素人じゃないってことか・・・。
永六輔の作詞だっけ・・・。

余計な詮索はさておき、紫陽花はまったく記憶に無い。当然、季節が違ったんだろうと一人納得してカシャリ。
それにしても品種なのか土壌の酸性度合いなのか、まったく赤味を許さない青一色の紫陽花が一面に咲き誇る。

 紫陽花の青の深さや三千院

     
燕子花  

2009.5.18     光琳の燕子花

千年も変わらぬ姿を今に伝え、尾形光琳のモチーフにも成ったカキツバタがある・・との話しを聞いてどうしても見たくなった。そのカキツバタが自生する大田神社は上賀茂神社境外摂社との事で、北山通りの宿所からも近く、自転車で10分程の距離。でも、ネット情報では既に見頃をちっとばかり過ぎてしまった様。一週間、気付くのが遅かったな・・・だめかな・・・と思いつつも、自転車にまたがって赤い鳥居をくぐった。
鳥居を抜けると、右手に紫色のカキツバタの群生が広がる。間に合ったかな・・・しかし、よく見ると大半はぐったりとしおれているみたい。下の方には落ちてしまった花柄が無数。むむむ・・・やはり。池の周囲を廻って、ようやく満開の一輪を見つけてカシャリ。
たしかに、光琳の絵に出て来そうな花びら。これが全面に広がればさぞかし素晴らしいだろうと想像しながら、この時期に来年は来られないな・・・と寂しくカメラをバックパックに。
さて、モーニングコーヒーでも、飲みに行こうかな!!

 一輪に想い巡らす燕子花

 

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